So-net無料ブログ作成

成子 素人「もう一人の私 のこと」(前編) [性社会史研究(女装者の手記)]

も う 一 人 の 私 の こ と (前編)

   -「富貴クラブ」の女装者、小池美喜の手記-
                    成 子 素 人

【1】 はじめに
 かって、「十年一昔」と云う言葉があった。この頃、叫ばれている「IT革命」の時代ともなると、次から次へと新しい機能の組み込まれた製品の氾濫で、半年か1年で旧式の機器となってしまう世の中では、既に「死語」となってしまった。それなのに、35年も前からのことを書いてみようと思ったのは、老いてきた証拠かも知れない。
 人々の生活が次第に良くなって、一般の家庭に家電製品が揃いだしたのは、昭和30年代だった。その後半、車もボツボツ一般化しだしていた頃、ある古本屋で『風俗奇譚』という月刊誌のあることを知った。
 内容の多くは「S(サド)」「M(マゾ)」の体験談や創作で、人によっては男女共にそれぞれであるのは当然としても、私にはそうした趣味はないので、読み飛ばしてしまったものの、私の興味を惹いたのは「女装」に関する投書欄や記事であった。
 職業として女装する「女形」や「ゲイボーイ」の類いではなく、素人の社会的職業人で「女装」に執り憑かれた人のことだった。もっとも「奇譚」であるから、そうした珍しい人がいても不思議ではないと思った。私にもそうした願望があることは、前々から気付いていたので、それからは毎月『風俗奇譚』を買うようになっていった。

【2】 少年時代の憶い出
 私に「女装」への願望を抱かせたものは、少年の頃の憶い出の中にあった。その最初の憧れに似た思いが、私の心の底のそのまた奥底に「もう一人の自分」を住みつかせてしまったのだと思っている。後にいくつか書いた詩の中から引用してみよう。

 無理難題の科白の憎々しく、
 詫びれば詫びる程つけこむ悪役に許しを乞う艶麗な美女。
 抱きつかれる手を振り払い逃げるのを、
 そうはさせじと追い廻す。
 舞台に惹きつけられる観客の興味を盛り上げて、
 タタンタタンタンと床を叩く拍子木の音。
 衿を剥がされた肩から背中まで肌けた上体をのけぞらして、
 解かれた帯をたぐられるまま、
 よろよろよろと悪役の腕の中へと倒れ込む。
 女の後手に縄尻を把ませて縛り上げられた形の責め折檻が見せ場とばかり、
 悪党面のしゃがれ声の雑言に髪を振り乱してゆく。
 凄艶な舞台化粧の美貌が苦痛にゆがみ、
 ふりしぼる恨み言も甲高く、天井も無い筵掛けの星空に響く。
 舞台の袖で板を叩く拍子木に合わせた打擲が続くままに、
 縄をかけられた濃い白粉の肌を震わせてはのけぞる乱れ髪の女の
 余りの濃艶さに息を飲む観客の見つめる舞台。
 転がされた緋色の裾からこぼれる腿の奥までも塗りこめられていた
 真っ白な白粉の眩しさ。
 助けを求めるような怨ずる眼刺しの色気。

 それは、私が9才か10才の頃、映画はトーキーになっていたが、モノクロのスクリーンで、ラジオがようやく一般的になった時代の夏の宵のこと、私が白粉にとりつかれた日だった。今にして思えば、そうしたあぶな絵のような演出と筋立てが、好色な大人たちを愉しませ、女達がしぼる紅涙は、美しさが故に非運に会う同性へのジェラシーの裏返しと、儚ないひとときの優越であったことなど知るよしもない幼なき日の田舎廻りの舞台だった。
 久し振りの芝居見物に座布団を抱えた大人たちが、昨夜の続きを観るのに敷きつめた筵の好みの場所に陣をとりだす。薄暗い裸電球の掛小屋である。ペラペラの幕が風に揺れる丸太を組んだ舞台の下へ入り込んだ子供たちが、筵掛けの隙間から漏れる灯りに思わずも覗くことができた楽屋は幻想の世界だった。
 裸電球もそこだけは明るく、何人もの役者が鏡に向って顔の拵えにかかっていた。その中の一人が男の双肌を見える限り真っ白に彩ってゆく。濃い白粉を刷毛で塗りこめ素肌の見えなくなった顔に、眼張りと女眉。紅く染められてゆく唇が、昨夜の舞台で縛られていた美貌の女になっていった。あの甲高い声で泣き叫んだのが女でなかったとは・・・・。
 顔が女になると投げ出した足の裏から腿の奥までも真っ白な白粉に包みこまれた丸味を見せて嘘のように女に変わってしまった凄艶な美貌の女形。息のつまるようなときめきが幼ない私の心と躰を震わせ、駆けめぐような血の逆流に動くこともできなかった。
 今も尚、瞼の裏に焼きついているあの夏の夜の発見だった。

 「女形」についての知識は、その頃からあったのだが、舞台化粧によって男から女に変わるのを自分の目で見たのは初めてだった。家にあった「演芸画報」の歌舞伎の女形や新派や曾我廼家一座の女形の写真にしても、当時はモノクロであったし、真白な白粉の肌に描きこまれる女眉や眼張り、紅い唇の生々しさや、華やかな女衣装の裾からこぼれる緋の色の鮮やかさに昂奮したことを憶い出す。

【3】 青年時代
 青年ともなれば、大人の仲間入りで、前々からの乱読が性の知識を増してくれた。
 性の慾望が男と女との間だけではなく、武家社会の「衆道」としての「男色」が歴史的にも旧いことや、四代将家綱が武家の男色を禁じたことも知った。若衆歌舞伎の前髪を切らせ野郎頭にさせたのも、その前に禁止されていた女歌舞伎に代り、女形が必要になっていた若衆歌舞伎では月代を剃らず自毛で女の髪が結えたからだろう。
 昔も今もだが、風紀の乱れなんてものは、色々とあったことだし、子孫を残す為だけではない人間の性慾は、多分に個人差があるもので、人によっての好みもまたいろいろであって各人それぞれだろう。
 「女色」を禁じられていた僧侶が、性の吐け口として美麗な若者に華美な衣装を着せ寺小姓として置いたり、住職にもなれぬ者たちなどは、歌舞伎の大部屋の「女形」を、肉体的には女でない女として買い、出合茶屋での逢引きに「疑似異性愛」の慾望を満たしていたのだと思う。女と寝たのではないとの言い訳にもなっていたのだろう。
 女形の方も、年とともに髭の剃り跡の濃くなる者は、若い女形のようにはゆかず、今度は後家さんや浮気な女に抱かれたのだろうが、女にとっても女形役者の優しい仕草や身のこなしは、普通の男よりも性の対象としての妖しさがあったのだろう。
 私も遊びとしてのセックスであれば、女は買うものであり、金さえあれば悪友などとも女を買いに通った。素人の女は私にとって女房だけであるが、「売春防止法」が施行された後も、付き合い上、女を買う羽目になれば、すぐに同調する助平でもあった。

【4】 初めての女装体験
 まだ自分で「女装」をして見たいと思っても、実際に試して見る所まではゆかず、女を買うときはいつも化粧の濃いのが好みだったが、泊りになると化粧を落としてしまう女もいて、がっかりしたものである。
 或る時、友人と2人で温泉旅館に一泊することとなり、芸者を呼ぼうと仲居に頼んだところ、泊りをするのがやって来た。2人とも大して酒も飲めないと分ると、1人が「化粧をして見ない・・・」と芸者の鬘をつけさせられて、2人とも交替で写真を撮ったりした。だが、急場の簡単な化粧だったので、撮れたのを見て心中大変不満足で、一度本格的に舞台化粧のような、濃艶な女装がして見たいと思った。

【5】 「富貴クラブ」入会
 前置きはこの位にして、『風俗奇譚』に載っている「富貴」と云う女装クラブの存在が、頭から離れなくなっていた。だが、その頃、わざわざ東京まで出掛ける時間的余裕は無かった。たとえ仕事で東京へ行くとしても、何ケ所かを廻るのが常で、国電の乗り継ぎや、タクシーを拾っての訪問先廻りを終えると、帰りはいつも夜になる。翌日の仕事を考えると、身体を休ませるのが先だった。
 昭和40年(1965)7月12日、その数日前の7月8日に亡くなられた河野一郎大臣の東京での葬儀が、築地の本願寺で行われた。私も係わりのある者として、大勢の弔問者の列に並んだ。通常の仕事と違って、鞄も持っていないし、平服でもあったので、明るいうちに急いで帰ることもなく、久しぶりで自由な時間を持てた。
 そこで私は、前々から興味を持っていた「富貴」という女装クラブへ行ってみたくなった。だが、連絡先である私書箱宛に何の申し入れはしてないので、どこにあるのかさえ分かっていなかった。『風俗奇譚』に載っていた「つぼい」さんという同好の人が、新宿2丁目でバーをやっているのを覚えていたので、とりあえずそこを捜し当てればと思い付き、早めの夕食を済ませてから二丁目に向かった。
 どうやらそれらしい店を見つけ、入り口に近いテーブルについて見廻すと、女気はなくカウンターの辺りに5、6人の若い男たちが改まった服装でもなく屯していた。私の方を見る目が店へ来た客でもなさそうだった。1人が飲み物の注文をとりに来たから、バーでもあるからとウィスキーのシングルを頼んだ。カウンターの中にいた中年の人が、「つぼい」さんだったのであろうが、今まで若い者たちにお喋べりしていた続きらしく、どこかで愛してやった若者のペニスが如何に逸物であったかを語り出した。注文を聞いていった子が、テーブルの上にウィスキーのグラスを置くと言った。
「どの子にします・・・」
「えっ・・・」 
 ああ、そうか、ホモの客が若い男を買いにくる所かと思い、奥の方の青年達の眼差しもなるほどと思えたし、女装の者がいないのも合点がいった。
「いや、『風俗奇譚』で読んだものだから・・・」
「ああ、お客さん、メケてる子がいいのね」
「・・・雑誌に女装クラブがあるとか・・・」
「ああ富貴のことね」
「うん、何か・・・新宿にあるように思えたんで・・・」
 ウェーター係の若者がカウンターの方へ振り返ると、「つぼい」さんらしき人が、馴れた風で言葉を引き取った。
「お客さんの方がしたいのね。いいわ、誰かに案内させるから・・・。ええっと、あんた成子坂下の知ってるわね、オリエさんのとこ、この方連れてってやって、私がそう言ったって・・・」
 ということで、女装したがっている男だというのに、誰も変な顔もせず、若い子の1人が案内してくれることになり、青梅街道の成子坂下のアパートの一室へ着いた。
 アパートと言っても、日も暮れていたし、廊下ではない通路は土間で薄暗く、何か飯場か何かの跡の様だった。部屋の踏込も土間であったように憶う。
 案内の若い子が、バーの店主の伝言を言うと、
「ああ、そうなの。宜しくね・・・まあ、どうぞ上って」と声が聞こえた。
入室することが出来たので、案内の子に礼を言い、「少ないけど」と500円を渡した。
その部屋は6帖と8帖の二間だったように記憶しているが、奥の方に5人の和服を着た女装者がいたのものの若い子はいず、余り華やかな感じではなかった。
 手前の座敷にいた年配の人が、2丁目のバーからの案内であったので、「まあいいか」という感じで、話しかけて来た。
「女装したことがあるかい」
 第一問だった。これには前々から願望としてあったので、先頃、旅先の旅館で芸者に女装させられた話をした。
「女装をするなんてことは他人には知られたくないし、この会に入ってもお互いに身許は秘密にしているが、会長である自分には、正直なところを言ってもらわなくては」
と、会長と名乗った年配の男性が言う。
 入会する以上、嘘を言っても仕方のないことで、申込書に住所、氏名、電話番号を記入し、勤務先の名刺をつけて出した。それが気に入ったらしく、会の色々な取決めや、負担すべき費用、会の備品である衣装や鬘、化粧のこと、身体一つで来れば「女姿」になれることの説明をしてくれた。会員になる以上、「女名前」を名乗るようにも言われて、入会金を払い会員になれた。

【6】 成子坂下の「部屋」で
 この間、30分ほどであったろうか。
「せっかくだから、化粧をしてみるかい」
「そうよ、このまま帰ったって・・・、女装したくて来たんでしょ。お化粧して綺麗にしてあげるわよ」
 会長と一緒にいた小柄な人が、女言葉のような言い方で、会長の言に引き続いて声をかけてくれた。
「ああ、そうしたらいい。オリエさん、化粧してやって・・・。どんなになるか、楽しみだよ」と会長。
「じゃあ、まず髭を剃らないと・・・」
洗面器に、石鹸と剃刀、タオルを入れて渡してくれた。
「部屋を出たとこに、水道の蛇口がついた洗面所があるから、そこでね。鏡もついてるわよ」
 薄暗い通路の板壁に取り付けた洗面台で、湯は出ないまま水で顔を洗い、髭を剃った。
上半身は裸になっていたので、部屋に戻るとパンツひとつにされ、鏡台の前に座らされた。
「どんな風がしたいの」
「ええ、日本髪の女姿がしてみたいですけど」
「わかったわ・・・じゃあ、目をつぶって・・・」
 目を瞑じて顔をまかせると、まず眉をつぶすことから始まり、顔から首の廻りと襟化粧の白粉刷毛が冷たく気持ちいい。粉を叩かれて頬に紅、眉が描かれ、眼張り、口紅と、顔のこしらえをしてもらう顔が、鏡の前で神妙にしている女に見えないこともない。
 長襦袢に着物と、着付けをしてもっているうちに、肌の感触が温泉旅館での夜を憶い出させた。日本髪の鬘をつけてもらったが、少々窮屈な感じだった。
「さあ、綺麗になったわよ。鏡を見て・・・」
改めて鏡台の鏡に映してみた私の女の姿は、芸者にしてもらった時より、顔のこしらえは眉も女らしく、目許もはっきりしていたが、肌の白粉がそれ程濃くなく、思っていた雪の肌とは云えず、鬘も心持ち小さめのようで、艶やかな女姿と云うには遠かった。
「ねっ、綺麗になったじゃない・・・」
化粧してくれたオリエさんにそう言われては、不満は言えず、品を作ってみたりした。そして、写真も何枚か撮ってくれた。
 突然の飛び込みであったが、女装クラブの会員になれたし、化粧もしてもらって、近いうちにまた来ようと思った。

【7】 番衆町の「部屋」で
 と言っても、東京に住んでいる訳ではなく、月に一度や二度は仕事として来るものの、なかなか時間的に新宿へ足を伸ばす折がなかった。ようやく夕暮前に用を済ますことが出来た日、いそいそと成子坂下のクラブの部屋へ行ったところ、そこに別の人が住んでいて、前住者のことは知らないと言う。
 そこで、会の部屋が何処に移ったのか、最初に案内してくれた「つぼい」さんのバーへ行き、もう一度お手数をかけることになった。快く移転先を教えてくれて、前と同じように案内人をつけてくれた。
 そこは新宿2丁目からは程近い厚生年金会館の裏の通りに面した喫茶店の2階だったと記憶している。入口は別になっており、階段を上がると前の所より明るい部屋だった。化粧中の人や女装しておしゃべりを愉しむ者など、もう何人かの会員が来ていた。オリエさんも歓迎してくれた。
 今度の所も、バスが無く入浴はできなかったので、化粧落しは、コールドクリームに頼るしかなかった。襟白粉を真っ白に塗っての芸者姿など後の始末を考えるとできず、それに会の所有の日本髪は私の頭に合わなかったので、専ら洋装での女装をするようになった。
 その場合、会の決まりで身につける下着類は、各自専用とするようになっていた。当時はまだ「エリザベス会館」などは無かったので、パンティ、ブラジャー、シミーズ(後にはスリップ、キャミソール)、ストッキングにガーターベルト、それに洋髪の鬘を横浜の元町で買った。鬘はロングのウェーブの茶髪にした。化粧品なども、眉つぶし、ファンデーション、パウダー、アイライナー、アイシャドー、付け睫、頬紅に刷毛、ルージュ、マニキュアのエナメルなど、思いつくままに買いやすそうな店があると、恋人にでもやる顔をして買っていった。だんだん慣れてくると、衣装にしても色の違うものや、ワンピースなども買えるようになった。
 ハイヒールが欲しかったが、スパイク・ヒールの9センチ以上のものは、なかなか足に合うのが無く、会員の一人が売ってくれたのを履くようにした。娼婦スタイルの濃艶なステージ化粧まがいのやり方に慣れてくるのも、そんなにかからなかった。女の化粧については、前々から秘かに注目もしていたし、自分なりに活字からの知識で研究していたせいもあったろう。
 その頃、私は地元で近間を走り廻るのに、車の運転を他人に頼んでいては駄目だと、免許を取った。移動時間の短縮に今までの何倍も役立ったし、少しばかり度胸がついてきて、東京での車の渋滞も平気になった。
 車で東京へ出て来られるようになり、会の部屋の前の道路の向い側はまだ空き地であったし、駐車禁止にもなってなかったから、割合ゆっくり出来るようになった。歌舞伎町にある歌声喫茶の前あたりに、スチーム・バスと言って「トルコ風呂」ではないマッサージ付きの銭湯といったのがあって、夕方の5時前に入れば500円で入浴できた。髭も剃れたし、女の子が流してくれた。マッサージを含めてチップは別だったが。それで会員の部屋に来ればすぐ化粧にかかれるようになった。

【8】 濃い化粧の女
 濃い化粧の女に化けていく。もう一人の私が鏡の中にいる。女眉がうまく描き、アイラインで眼をくっきりとさせ、アイシャドーを入れ、長めの付け睫毛をつける。ルージュは唇を大きく厚めに肉感的にする。自分でもうっとりとして来る。ウェーブのきいたロングのウィッグが両肩に波打つのを整え、イヤリングをつけ、ネックレスをする。ブラジャーの下にパットを入れバストの膨らみを作り、ガーターベルトでストッキングを吊り、短めのスリップとワンピースで、艶やかなホステス風の姿になったのを、姿見に映してナルシシズムに浸る。
 成子坂下の時を思えば、会員も多くなった。私はそうちょいちょい来るわけではないが、いつも来ている人もいた。初めての顔の者もいるし、それぞれ好みも違うようだった。会長などもよく来ていたが、私としてはただ女装をすれば満足で、「遊び」などはまだまだだった。
 行く度に女姿のいろいろなのを写真に撮っていたが、その内の何枚かを女房が見つけて「何処の女か・・・」と疑われてしまった。『風俗奇譚』を見せて「富貴」のことを説明し、前に行った時に撮った写真で、私なんだと話をした。半信半疑であったので、子供が寝静まってから、化粧をして見せたところ、納得はしたものの「気持ち悪い」と言われた。しかし、女を買いに行かれたり、浮気をされるよりいいと思ったらしい。街に出た時、ウィンドゥで見たワンピースが身体に合いそうなので、買わせたこともあった。
 女房も公認ともなれば、少しばかり遅く帰っても気が楽であった。夜は必ず風呂に入ることにしていたので、コールドで落としただけの化粧の肌も改めてよく洗い流すことができ、女装の昂奮の残りで抱いてやれば、それなりに夫婦和合にもなっていたと思う。
 私はSやMの趣味はまったくなく、ただ女の姿をするだけであり、濃い化粧をした「もう一人の私」でいる間のナルシシズムに疼く身体は、時にはトイレでのマスタベーションで満足させるくらいで、他の会員とのセックスはなかった。

【9】 会員同士のセックスを見る
 ここには確か3畳位の小部屋があった。布団が敷いてあったりして、気の合った者同士が、そこで互いに慰め合っていたのだと思う。或る時5、6人の会員が居る座敷で、スリップだけになった若いのが、仰向けに下半身を丸出しにし、フェラチオをされていた。和服の中年の会員が、屹立したものの根元を把んでルージュの唇に銜えこんで、鬘の髪を揺らし揺らし、咽喉を鳴らしていた。他の会員の誰もが見ぬふりをしているものの、初めてこうした所を見る私は、どうしていいかわからないうちに、若い会員の方が喘ぎ始めた。呻き果てるのを銜えたままの中年は、ほとばしらせたザーメンを呑みこんでしまったようだった。ああ、これが「喰う」と云うことなのかと思いながら、私のパンティの中の勃起していたものも、気がつくと腿の方まで雫を垂らしていた。

【10】 諏訪町の「部屋」で
 番衆町の「部屋」には、昭和43年(1968)の終わり頃まで居たのだと思うが、移ることになり、今度は行き先を知ることが出来た。そこは高田馬場駅の近くで諏訪町と言ったと思う。5階建マンションの最上階の一室であった。
 移った先のマンションはエレベーターがなく、建物の中心に当たる箇所に階段があり、各階の部屋はその階段を囲むように配置されていた。部屋は畳のが二間で、玄関を入ったところが、ちょっとしたホールになっていて、ソファアを置ける広さもあり、バスルームへの入口になっていた。風呂のある部屋へ移れたことは何よりも嬉しかった。畳の部屋は、小さい方を楽屋にして、オリエさんの私物や、会員の女装用品の預かりで、少しばかり窮屈ではあった。
 風呂へ入って髭を剃り、脱毛クリームで脛毛と腕の産毛を落としたスベスベの肌になったところで、首筋から胸へかけてパンケーキを塗りこめる。顔だけ濃い化粧をすると、写真に撮って見ると、お面を被ったようになってしまうからである。アイラインに女眉、アイシャドゥに長い付け睫毛をし、頬に紅を掃く。生き生きとしてきた顔の仕上げは、厚い唇に見えるようにルージュを毒々しいまでに濃く引く。妖艶さを増すためにカールとウェーブを効かせたロングのウィッグをつけて、爪には赤いマニキュアを施す。
 脛毛のない脚にストッキングを履き、ガーターベルトで吊ってから、色物のパンティをはき、パットを入れたブラジャーで胸の膨らみを作ってから、買って来た派手なワンピースを着る。イヤリングとネックレスをして出来上がった女姿を鏡に映し、もう一度パフを叩いたり、紅筆でルージュを塗り重ねる。アイラインと付け睫毛をした眸が、うっとりと「もう一人の私」に酔い始めて、ナルシシズムの昂まりに身体が疼き出す。

【11】 「遊び」への誘い
 日曜の休みにやって来たので、午後に入ったばかりのことだった。玄関のホールのソファアに腰を下ろしてハイヒールを履いた脚を組み、女装に関する雑誌や写真集を手に取って眺めたり、誰か他に会員でも来ればと煙草をふかしながら壁の鏡を見たりしていた時、オリエさんが「キレイよ、小池さん」と声をかけてきた。
 私の女名前は、自分でも口にしなかったせいか、仮の姓の方で呼ばれていた。同じような人も何人かいたが、「遊び」をしないことや年配のこともあったのかもしれない。若い子は気軽に女名前で呼び合っていた。
 「お化粧も上手になったし、本当にキレイになってるわ・・・。これでもっと色気が出せるようになれば、他の人だって放って置かないわよ」
「キレイよ」って言うのは、オリエさんの口癖のようなもので、会の実務を任されている上での営業上のお世辞であろうが、言われた方は悪い気持ちはしない。もう一度、鏡の中を覗き込むようになる。
 「女装するだけじゃ、つまらないじゃない。外へ出掛ける訳でもなくて、せっかくキレイになったんだから・・・。ねっ、一度、バックを受けてみない・・・」
 今までも「女装をするんならバックを受けてみなくちゃ、女の気持ちも解らないし、女の気持ちになれば、自然に色気も出て来て、男の方だって誘い易いもの」「一度、抱かれてみたら、忘れられないわよ」なんて聞かされてはいた。女役をするということは、オカマを掘られるということで、どんなことになるか興味が無かったわけではないが、試みてみようとは思ってもいなかった。
「ネッ、よかったら、私が手ほどきしてあげる」
とオリエさんが熱心に勧める。これまでオリエさんの歴史の一部を聞いたところでは、戦時中、満州に居て女装で軍人さんの相手をしていたとか。将校の中にはそうした趣味の人もがいたのだろう。どちらかと言うと小柄な方だから、若い時は随分とキレイになれたのだろうと思う。そのオリエさんの男役なら、そんな手荒なこともしないだろうと思い始めていた。

【12】 「女役」の手ほどき
「ネッ、どうするの。バック受けてみる・・・」
 そうまで言われると、女装するだけで疼く体が「遊び」というセックスを試してみたいと思わないでもない。
「ええ、でも痛いんでしょう」
「あらっ、最初だから、ちょっとわね・・・、でも、すぐによくなるわよ。あまり痛くないようにやってあげるから、そんなに心配しないで」
「ええ、お願いしようかしら・・・」
「そう。あら、ハイヒールの脚がきれいよ。お化粧も方もいつもよりきれいだし、香水の匂いもいいわ」
 そう言いながら、ソファーの私の隣へピッタリと体を寄せると、私の体を抱き、一方の手をワンピースの裾から滑り込ませ。内腿の辺りを撫ぜ撫ぜする。手がパンティの上から股間へと伸びてくるまでに、私の方はもう硬直しきっており、パンティの中からつかみ出されてしまった。
「あら、立派だわ。ここじゃなんだから、座敷の方に行かない?」
 奥の部屋の座布団に腰を下ろすと、パンティを脱がされ、後ろ手で上体を支える形で脚を拡げたところへ、オリエさんが割り込む形で、私の屹立しているものをフェラチオし始めた。手は肛門の辺りを撫ぜていたが、コールドクリームをつけた感じの指が、そろりと侵入してきて、指の数を増やしながら締まっているところを押し広げるようにしながら奥の方へと指を入れてくる。
 フェラチオだけでも、快感に燃えている私は、喘ぎだし、声も漏らし始めていた。このままでは、ザーメンを噴き上げてしまうと思っていたところ、オリエさんが顔を上げて「ふふふ・・・」と笑いながら、
「さあ、入れてあげるから、寝ちゃって」
と、もう1枚の座布団を押しつける。
 コールドクリームをペニスに塗りつけたオリエさんは、しごいて勃起させながら腰を寄せてきた。それを私の肛門へ当てがい、私の顔を見ながら押し込む。
「ああ~っ、痛た~っ・・・」
裂けたかと思うほどの痛みが走り、思わず声をあげてしまった。腰を引くようにするのを押さえ付けられる。
「初めは痛いわよ。我慢しなきゃあ。女だって初めの時は痛いって言うじゃない」
 痛みは瞬間的とも言えるもので、押し込むのを中断されている内はいいのだが、腰を押し付けられるとともに、再び激しい痛みに襲わる。声を上げたものの、私の肉体に押し入ってくるものは止まらず、我慢するしか仕方がなかった。
「きれいよ。女装してるんですもの、女にしてもらうには、少しは我慢して。入ってしまえば、じきによくなるわ。いいっ」
 その言葉通り、オリエさんのグランツが私の括約筋を通り抜けたあたりから、痛みも次第に薄らいできて、ゆっくりとした抜き差しをされだした頃には、痛いという感触は消えてしまっていた。
そして、アナルの柔らかな肉の壁にコールドクリームが行き渡り、滑りが良くなったせいか、初めて異物を受け入れた肉体は、浅く、深く、突き立てられだすままに、まだ快感ではないものの、女になった気持ちが芽生えてくる。痛さのために萎縮していたペニスも、オリエさんのコールドクリームの指がしごき始めと、屹立を取り戻した。
「ほら、もう痛くないでしょう。よくなってきたわよね。うふふふ・・・、女になってるのよ。ほら、横の鏡を見て、女になってる顔をよく見るのよ。色っぽいくらいきれいよ」
 「きれい」と言われると、妙に感じるもので、鏡の中の濃い化粧の女の顔が、腰を押し付けられる度に、長く揺れる付け睫毛のアイメイクの瞳をうっとりさせる。それを見ながら、女にしては巨大なクリトリスへの愛撫から生ずるセックスの快感が燃え上がり、喘ぎ喘ぎするルージュの唇から切れ切れにあがる声音も、女そのものになっていく。
 やがて、オリエさんの絶妙の手ほどきを受けて絶頂の時を迎える。快感のほとばしりが灼けるばかりの感触を尿道に残しながら噴き上げた時、濃い化粧の女の顔に浮かんだ歓喜の表情は、忘れられないものがあった。
 こうして女役としての「遊び」を手ほどきは終わった。

【13】 女役として出発
 この最初の儀式は、その後の「もう一人の私」を完全に変えてしまった。三日程の間は、アナルにインサートされた男の猛りの感触が残っていた。
 その時以来、オリエさんは、男役をする会員が来ている時など、
「この頃、遊びをするようになったのよ。キレイでしょ。抱いてやったら」
なんて、女郎屋のやり手婆さんよろしく、まだ自分からは誘えない私に「お立ち」を引き合わせてくれる心配りをしてくれた。
「これからは、男が欲しくて仕様がないわよ」
と言うオリエさんの言葉は嘘ではなかった。
 月に一度か二度だが、部屋に行けるときは「大人のおもちゃ屋」で形やサイズの違うものを買ってきて、化粧を済ませると、いつ女役として遊んでもいいように、アナルの括約筋を緩めるために、それをインサートしておくようになった。

【14】 芸者島田の鬘を買う
 諏訪町の「部屋」には、バスルームもあり、白塗りもできることから、日本髪の芸者姿をしたいと思った。会の「島田」は私の頭には合わないので、買うことにし、どこの鬘屋へ行こうかと考えていたところ、一人の会員が知り合いの店があると言う。同行してもらい、確か大森の方であったと思うが、環7に面した鬘屋で、頭の鉢廻りを言って買うことができた。
 衣裳はオリエさんが買い揃えてくれると言うので、和装一通りを見繕ってもらうことにした。白粉や紅、下地用・仕上げ用の刷毛類、かつら下の紫の羽二重など、舞台化粧に必要な物一切は、祭の時に使うのに要るからと、自分で浅草のコマチ屋で買った。その頃は、ゲイバーへも行くようになっていたので、彼らの着こなしや化粧を観察した。話の端々でも結構得るところがった。
 こうしてこってりとした白塗りに、買ってきた鬘をつけた姿を写真に残したりした。しかし、何回か試すうちに、芸者島田に結ってはあるが「地がつら」では、私の思っていたのと違い、生え際が網目でないのが、少しばかり不満足だった。
 たまたま、会員同士が、浅草の鬘屋へ行く用があると話しているのを聞いて、どんな店かを尋ねて、私の希望も話したところ、「一緒に行って注文したらいい」と言うことになり、私の車で三人で行くことになった。彼らは日本髪の結い直しを頼んであったようで、用件はすぐに終わり、私の求めている網目の芸者島田の注文も引き受けてくれた。頭の鉢どりをしてもらい、半月ほどで仕上げてもらえた。代金は確か15万円であったように記憶している。

【15】 「部屋」での過ごし方
 白塗りの化粧も、要領がわかってくるまでは、女形役者の舞台化粧のように手早く妖艶な美女に変わるなんてわけにはいかない。少しずつそれなりに研究と慣れを重ねる必要があったので、ゆっくりと時間をかけて変わっていく自分自身を楽しむように心掛けていた。 それに、夏場の暑い時などは、着物を着ようなんて気にはなれない。まあ浴衣って手も無いではないが、いずれにしても、「遊び」をする前に汗だくになるのは、色気も無い。それで、白塗りは専ら冬場が主体になってしまう。
 春から秋にかけては、やはり洋装での女装であり、その時、その時の衣裳やウィッグをして、写真を撮る。一人の時は、セルフタイマーか、オリエさんにシャッターを押してもらい、下着の色が変わった時は、ソファーで体を露にしたいろいろなポーズを撮った。他の会員が来るまでは、そうして時間をつぶして、化粧直しを何度もした。

【16】 西塔会長のこと
 会員の中には、ここに来て女姿になると、夜の街へ出掛ける人もいるようで、私などからは度胸がいいと思うばかりだ。プロでもないのに女姿で街を歩いて不審尋問をされたら、単なる趣味とわかっても、引受人がいなければ、警察は帰すわけにはいかない。そんな時の引受人として西塔会長は、警察からの要望に答えていた。この「富貴」という会を始めるきっかけも、そんなところにあったと聞いていた。
 会長は、若い頃から演劇関係の女形を愛したことで、その世界では有名だったようだ。『風俗奇譚』に会長の書いた小説などが載っている。会長のペンネームは「鎌田意好」であり「カマダイスキ」と読める。プロでない女装を趣味とする者への心優しき理解者であったのだと思う。私が入会することになった成子坂下の部屋も、最初からは幾つ目かの部屋だったのだろうか。

【17】 マンションの屋上で
 夏のある日のこと、いつもの様に私は、濃艶な化粧をして、娼婦スタイルの肌にたっぷりと香水を振りかけ、涼しげなワンピース姿でハイヒールを履いたまま、玄関ホールのソファにいた。この日は何人もの会員が来ていて、気の合った者同士での「遊び」が座敷の方で行われていたので、支度ができたところで一服をホールでしていた。
 そこへオリエさんが来て、
「屋上へ行ってみたら。涼しいわよ・・・。ああ、今日もきれいよ」
と声をかけた。
 言われるままに部屋を出て、5階の屋上へ出て見ると、夜景が素晴らしいということもない。ただ、灯りもなく薄暗いのと、その頃はまだ大きな建物も少なかったので近くに覗かれているような所もない、というのが取り柄だった。ハイヒールをコツコツとさせて歩いていると、ベンチが一つ置いてあったので、そこに腰を下ろして、ハンドバックから煙草を取り出し一服した。
 すると、階段を上ってくる足音がした。ここの居住者の誰かだとすると、変に思われるかもしれない、と思っていたところ、現れたのは会員の一人だった。ああ、オリエさんが送り出したのだなと思った。
「あら、屋上は涼しいわね・・・。ベンチもあるのね」
と、この人は、私の脇に腰を下ろして体を寄せて来た。
「この頃、『遊び』をするんですって、オリエさんが言ってたわよ・・・。香水の匂い、いいわぁ。それにいつもきれいになって、どこかのホステスみたいよ」
 そう言いながら、腿の上に置いた手が、スカートの裾をたぐり寄せ、内腿の素肌へと入ってくる。パンティの上から撫ぜ始めるままに、私のものは勃起してしまい、硬くなったのをパンティからつかみ出されてしまう。
「ねえ、少しパンティを下ろさない?」
腰を浮かしてやると、パンティが引き下ろされる。
「あらっ、立派だわ。おいしそう・・・」
そう言って、私の屹立しているものを掴んだまま、ルージュの唇にくわえ込んで、フェラチオをし始めた。
 唾液に濡れきった口腔で舌をからませてしゃぶっては、洋髪の鬘の頭を上下させて、唇で締めつけるようにしてくれる。その快感に、私も何かして上げなくてはと、相手の股間へと手を入れて、膨らみかけているのを硬くしてやり、指で愛撫をしてやる。
 しばらくはそうしていたが、フェラチオされている方の快感が昂まってくるばかりで、知らずに喘ぎを洩らしてしまう。呻くままに絶頂を抑えきれなくなった。
「あっ、ダメよ、出ちゃうわ・・・」
ところが、ますます激しく音を立てて攻め立ててくるので、「ああ、この人は『喰う』つもりか」と、少しばかり気楽になり、快感のほとばしりに身をゆだねた。

【18】 「部屋」の移転
 他の会員たちも、この屋上を使ったのではないだろうか。それに会員の部屋への出入り、日暮れ近くの頃から色々な男たちが5階の部屋へ入っていくのを、他の居住者は、何か不穏な連中のアジトかと想ったのかもしれない。大家の方へそれなりの申し入れがあったのだろう。契約期間が終わったら、更新はしないとされてしまい、別の場所を探さなければならなくなった。
 移るべき場所が見つかったけど、保証金だか敷金だかの他に、仲介料や礼金などで相当額が必要だということで、会員の中の主だった人たち10人近くで各自10万ずつ出し合わねばと言うことになり、私も求められるままにその一員になった。
 移転先のマンションは、6階の隅の部屋で、3LKの今のマンションより広いということだった。引っ越しの荷物運びなども、会員の中で手伝える者がすることになった。

【19】 前編のあとがき
 「富貴」という女装クラブについて書いてみたらと言われた。老年と言われる年になったし、20世紀の終わる年でもあるし、35年に渉る「もう一人の私」の歴史でもあるし、憶いつくままにペンを走らせてみたが、何となくダラダラとしてしまって、取り止めのない自伝の如きものになってしまった。
 まだまだこれから、中野のマンションに移ってからの方が長いので、このノートの続きを書かなくてはならない羽目になったが、始めた以上は仕方のないことだろう。世間一般に見てもらうのではなく、同好の士の眼に止まることであろうから、できるだけ赤裸々に書いていこうと思っている。
 書き手が無名ではいけないので、「富貴」の西塔会長のペンネーム「鎌田意好(かまだいすき)」に真似て、最初の出発点が成子坂下でもあったので「成子素人(なるこそじん」とした。ナルシストとも読ませる心算である。
 私は女装をしようとする者の全てが、ナルシストであると思っている。女装はしても「遊び」などしない人もいるから、男性とのセックスが目的なのではない。化粧の魔力により男が女の容貌に変わっていき、女の衣裳によって嘘のように華やかに変身した自分へのナルシシズムが女装の魅力などである。それは、一度この道に入ったら抜け出すことなどできない強烈な魅力なのだ。
 近ごろの女性は若々しく、年齢を聞いてみて驚く程の人がいるのは、人々の生活が豊かになったせいでもあろう。通りすがりに振り返る程の美人にはなかなかお眼にかからないものの、それぞれにまあ十人並の容貌に見せる化粧をしている人が多くなった。小綺麗になったのは誰にとっても悪いことではない。
 こちらにしても、女姿になる時は、年に関係なく、思い切った若作りにして、「きれいよ」って言われたいし、派手な衣裳に厚化粧の女姿が元々好みでもあるのだから、できる限りいつまでも、この幻想の世界に遊ぶことができたらいいと思っている。


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0