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(解説) 「もう一人の私のこと -「富貴クラブ」の女装者、小池美喜の手記-」</ [性社会史研究(女装者の手記)]

(解説)「もう一人の私のこと -「富貴クラブ」の女装者、小池美喜の手記-」

三橋 順子

1 「手記」を託された経緯
 「富貴クラブのことを調べてるそうですね」
 仕事の合間に立ち寄った昼は喫茶店営業をしている新宿2丁目の女装系の店「青い鳥」で、隣席の熟年男性から声をかけられたのは、2000年の秋の午後だったと思う。
 私は、少し前に『ニューハーフ倶楽部』(三和出版)に連載している女装歴史エッセーに、1960~70年代に活動した女装秘密結社「富貴クラブ」のことを調べて書いていた(註1)。その男性は、それを読んでくださったらしい。
 「私、実は『富貴クラブ』にいたんですよ」
 そう語り始めたその男性Hさんは、「富貴クラブ」の元会員であるだけでなく、現在も2人のお仲間と、「富貴クラブ」の最後の拠点であった中野にアパートを借りて、女装活動を続けている方だった。
 実は「『富貴クラブ』の残党がいる」という話は、かすかな噂として、調査の過程で耳に入っていた。しかし、まさかこんな形で、そのご当人と会えるとは思ってもいなかった。私はとりあえず必要な情報をメモして、後日の詳しいインタビューをお願いした。Hさんは「そういうことなら私より詳しい人がいるから・・・」と、調査への便宜をはかることを約束してくださった。

 「富貴クラブ」は、1960~70年代の日本のアマチュア女装世界をリードした女装秘密結社である。その存在と活動は、性風俗総合雑誌『風俗奇譚』誌上にほぼ毎号記事が載っているほか、時たま一般の週刊誌にも紹介されていたが、秘密性の強い会の性格を反映して、会の詳しい内情はほとんどわかっていなかった。
 私が主催していた新宿の女装者の親睦グループ「クラブ フェイクレディ(CFL)」のメンバーにも、「富貴クラブ」の会員だった人が数人いたが、その件に関しては、皆、一様に口が重かった。1970年代に「若手3人娘」の一人として有力会員だった渡辺美樹姐さん(「富貴」在籍当時の名は青山美樹)も、「順ちゃん、そのことはいずれ時期が来たら話すから」と肝心なことは語ってくれなかった。

  年が開けた2001年3月2日、新宿2丁目の女装スナック「Duo」の喫茶部(昼間営業)でHさんに再会した。しばらくお話をうかがった後、Hさんが女装活動のために、お仲間と借りている中野区内アパートに連れていっていただいた。ダイニングキッチンと6畳の和室という構成のお部屋には、箪笥や収納ケースが並び、Hさんの箪笥の引き出しには、着物と長襦袢がびっしり詰まっていた。
 その時、Hさんから「ここを借りてる仲間の人から三橋さんに渡すよう頼まれました」と2冊のノートを手渡された。表紙を開けると、「『も一人の私』のこと(成子素人)」と題された手記だった。縦罫15行約50頁の大学ノートに万年筆で流麗な書体でびっしり記されている。もう1冊も同様で「続『も一人の私』のこと(成子素人)」と題された続編だった。
 Hさんのお話から、この手記の著者「成子素人」氏が、『風俗奇譚』などに写真が掲載されていて、私も名前を存じ上げていた小池美喜さんであることがわかった。私は、ノートの借覧許可をいただくとともに、適当な時期に小池さんに直接お会いしたい旨をお伝えした。
 手記は、文中に「20世紀の終わる年」とあり、また私に託された経緯からして2000年の秋から冬に執筆されたものと推測される。内容的にも期待に違わないもので、今までデータが不十分だった「富貴クラブ」の「部屋」の変遷とその時期がほぼ正確に判明しただけでなく、謎に包まれていた「富貴クラブ」のセクシュアリティの有り様をリアルに伝えるものだった。また、確定できていなかった「富貴クラブ」の西塔哲会長の没年や会の解散時期についても有力な情報を得ることができた。と同時に、小池美喜さんという一人の女装者の半生記としても、たいへん興味深いものだった。
小池美喜(SMF197504) 2.jpg
↑ 芸者の「出の衣装」姿の小池美喜さん(『SMファンタジア1975年4月号)

2 小池さんに会う
 秋も深まりつつあった2001年10月20日、私はHさんとともに再び中野のアパートを訪れ、小池美喜さんにお目にかかった。小池さんは、黒いワンピースの女装姿で迎えてくださった。私は、小池さんに「手記」の研究資料としての活用をお願いして許可をいただき、同時にいくつかのことを質問した。
 しかし、「そこに書いてある以上のことはあまり覚えていない」と言われて、ほとんど新しい情報は得られなかった。出身地とか、ご職業とか、正確な年齢など、プライベートなデータもお話いただけなかった。ただ、お話の内容から、小池さんの実年齢が70歳か少し越えている(70~72歳)ということがわかった(したがって、生年は、昭和4~6年、1929~31年頃と推定される)。
 「手記」に記された以上の話を提供できない代わりにということだったのだろうか、箱に入った大量の写真を見せてくださった。ざっと見た感じでは300枚くらいはあったと思う。モノクロ写真が7割、カラー写真が3割ほどで、加茂こずえさんや小野悠子さんなど1960年代の「富貴クラブ」のトップスターの写真も混じっていて、写真の状況や被写体になっている人からして、1960年代中頃から1970年代初頭のものと推測した。小池さんとHさんのお話では、「富貴クラブ」解散時に廃棄された物品の中から救い出し保管したものらしい。
 「富貴クラブ」の写真については、ある元会員から「解散の時に大量のネガとプリントを焼却処分した」という話を聞いていたので、これだけ大量に残っていたとは予想外だった。神楽坂の「風俗文献資料館」に収められている西塔会長の所持写真(の一部)とともに、「富貴クラブ」の実相を今に伝える貴重な写真資料だと思う(後にHさんから譲渡され、現在は三橋が保管)。
 小池さんは、その写真の中から、ご自身が写っているもの6枚(モノクロ4枚、カラー2枚)を私にくださった。
富貴クラブ(小池美喜・鴨こずゑ・石渡奈美、1967年8月以降)2.jpg
↑ 左から小池美喜さん、鴨こずえさん、石渡奈美さん(1967年8月以降)
富貴クラブ1(2).jpg
↑ 富貴クラブの「会員の部屋」で。中央後方が小池美喜さん。

 後にHさんにうかがった話では、小池さんは、私がお目にかかった半年後に持病の悪化と体力の低下を理由に、アパートの仲間に別れを告げて、郷里に引き籠もられたという。

3  テキスト化にあたって
 「手記」は、三橋がリライトする形で活字化した。その際、あまりに長すぎる文章は分割し、首尾が乱れている部分や漢字の使用法を手直して読みやすくした。もちろん内容的な改変は行わず、文体や表現も、極力、原文を生かすようにつとめた。その上で、適宜、分割して小見出しを付した。また、題名は、原題の「『も一人の私』のこと」から文中の表現を採用して「もう一人の私のこと」に改め、さらに「-「富貴クラブ」の女装者、小池美喜の手記-」という副題を加えた。

 先に述べたような事情から、もう小池さんにお会いすることはできないと思う。こうして活字化した成果を、お手元に届けて見ていただくことも叶わないだろう。そのことが、とても残念である。
 小池さんが40年に近い長い女装活動の最後に、この「手記」を記されて、後進の私に託してくださったことに心から感謝したい。「あなたなら、私の思いを解ってくれると思うから」とおっしゃられたご好意に、こうした形でお応えすることになったことを、ご報告申し上げる。
 また、仲介の労をとってくださったHさんにも、この場を借りて御礼を申し上げる。

(註1) 三橋順子 「日本女装百話4 『富貴クラブ』の実像を探る糸口を発見」(『ニューハーフ倶楽部』27号 2000年1月 三和出版)
http://www4.wisnet.ne.jp/~junko/junkoworld3_3_04.htm
三橋順子 「日本女装百話5 『富貴クラブ』の実に先進的だった運営システム」(『同』28号 2000年5月 三和出版)。
http://www4.wisnet.ne.jp/~junko/junkoworld3_3_05.htm

「もう一人の私のこと -女装者、小池美喜の手記-」 目 次
(前編)
【1】 はじめに
【2】 少年時代の憶い出
【3】 青年時代
【4】 初めての女装体験
【5】 「富貴クラブ」入会
【6】 成子坂下の「部屋」で
【7】 番衆町の「部屋」で
【8】 濃い化粧の女
【9】 会員同士のセックスを見る
【10】 諏訪町の「部屋」で
【11】 「遊び」への誘い
【12】 「女役」の手ほどき
【13】 女役として出発
【14】 芸者島田の鬘を買う
【15】 「部屋」での過ごし方
【16】 西塔会長のこと
【17】 マンションの屋上で
【18】 「部屋」の移転
【19】 前編のあとがき

(後編)
【20】 後編のまえがき
【21】 中野の「部屋」
【22】 芸者の衣裳を揃える
【23】 洋装の支度
【24】 新しい「部屋」のお披露目
【25】 会の運営
【26】 8ミリムービーと写真撮影
【27】 ビデオ撮影
【28】 「遊び」を撮る
【29】 鬘の手入れ
【30】 『風俗奇譚』の撮影
【31】 関西からの客
【32】 一泊温泉旅行
【33】 名古屋の男性専用ホテル
【34】 大阪「唄子」で遊ぶ
【35】 会長の逝去と会の解散
【36】 アパートを借りる
【37】 「もう一人の私」になること
【38】 これから
【39】 あとがき

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