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2009年12月01日 「化粧男子」か「女装男子」か [現代の性(性別越境・性別移行)]

2009年12月01日 「化粧男子」か「女装男子」か

12月1日(火)
11月26日の「第1回 東京化粧男子宣言!」について、「結果的に女装コンテストになってしまった」という批判があるらしい。

「化粧男子」か「女装男子」かということについては、会場でショーを見て、審査しながら、ずっと考えていた。
そのときに考えてみたことを整理して、まとめてみたい。

男性が、女性の化粧テクニックファッションアイテムを身に付けていく、つまり女性のジェンダー記号を重ねていけば、女性の性別表現に近づいていくのは当然のことだ。

「化粧男子」と「女装男子」の関係で言えば、「化粧男子」が女性の化粧テクニックやファッション・アイテムを流用する以上、見かけ上「女装男子」になっていくのは、ほとんど避けられない、必然的なことだと思う。
それを避ける、つまり女装にならないようにするのは、かなり難しい。

敢えて方法を考えれば、重ねた女性ジェンダー記号を打ち消す(中和する)ような決定的な男性ジェンダー記号(髭とか)を付けることだろうか。

しかし、そうした男女のジェンダー記号が対抗しているような自己表現を、どういう視点で「美」として評価するかは、かなりは難しいだろう。

あるいは、そもそも女性の化粧テクニックやファッション・アイテムを使わないということも考えられる。
つまり、男性が男性のジェンダー・イメージのまま、化粧と衣装により美しさを競うということ。

理念としてはわからないわけではない。
しかし、衣装はともかく、女性の化粧テクニックを流用しない化粧というものが、現実の問題として、果たして成り立つだろうか?
私の頭に浮かぶのは、歌舞伎の立役の隅どりくらいだ。
「化粧男子」が見かけ上「女装男子」にならない可能性を否定するわけではないが、かなり難しい細い道筋のように思う。

逆に言えば、「化粧男子」から「女装」の要素を取り去ってしまったら、自己表現の幅はずいぶん狭くなってしまうだろう。
今回のような多様な自己表現になったかは疑問だ。

また、「化粧男子」から「女装」の要素を抜いた時、多くの観衆がそれに魅力を感じるかも疑問に思う。
つまり、「女装」という要素抜きでは、「化粧男子」は成り立たないとは言わないが、多様性も魅力も大きく減じてしまうだろう。

どうしても「女装男子」では嫌だというのなら、たとえ、外見上、女装に見えたとしても、あくまでも「『女装男子』ではない。『化粧男子』です」と開き直って言い張ることだ。

つまり、性他認的には「女装男子」であっても、性自認的には「化粧男子」だということ。
結局、「化粧男子」か「女装男子」かは、突き詰めればアイデンティティ(自己認識)の問題だと思う。

次に、それをどう評価するかだ。

女性の化粧テクニックやファッション・アイテムを使っていれば、それらをどうこなして自己表現をしているか、あるいは身体との適合度やバランスを見ることになるのは、やはり当然の観点だと思う。

「それでは『女装男子』の審査基準であって『化粧男子』の審査基準ではない」
と言われれば、正直、私は困ってしまう。

「女装男子」の価値基準を持ち込むな、と言われるのなら、私は審査員の任ではない。

「化粧男子」の審査基準とは、いったいなんなのか?
ぜひ、ご教示いただきたい。

ちなみに、「女装男子」の評価は、必ずしも女性への成り切り度だけではない。
それに加えて、女性では表現できない、「女装男子」特有の美があることが望ましい。
というか、そうでなければ「女装」の意味がない。

今回、「グランプリ」をとられた方には、そうした女装特有の美の片鱗が感じられたから、私は高く評価した。

こうした審査に、異論があるのは仕方がないことだ。
たしかに「結果的に女装コンテストになってしまった」という側面があることは私も認める。

では、なぜ「女装コンテスト」ではいけないのか?
たとえ「女装コンテスト」であっても、今回、新しい自己表現の可能性が、いろいろ芽ぶいていたと思う。
それでは、いけないのだろうか?

私は、長年「女装」の世界で生きてきた私の審美基準に従って審査した。
ただ、それだけだ。


第1回 東京化粧男子宣言!(その2) [現代の性(性別越境・性別移行)]

第1回 東京化粧男子宣言!(その2)

(続く)
ショーが終わった時、審査員の間で「これは、審査が難しい」という声。

女の子らしさやモデルの変身度を評価するか?、
コンセプトの企画力を評価するか?

休憩時間に審査員室で、審査基準について擦り合わせ。

第1回ということも考えて、突出した感性よりも、誰もが納得するようなバランスの良さ、具体的に言えば「東京の街に、こんな女装男子がいたらいいなぁ」というような感覚を大切にして、審査しようという方針になる。

ステージ再開。
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↑ 司会の にしだ奈波さんは、審査員のいがらし ゆみこ先生の息子さん。
奈波さんが、ちょっとトチったり噛んだりする度に、私の隣席のいがらし先生がハラハラしてるのがわかってほほえましい。

実は、今回のイベント、関係者に親子が2組(見掛け上、母-「娘」、父-「娘」)。
つくづく時代は変わったと言うか、うらやましいと言うか・・・。

第2部は、トーク・ライブ。
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私はトークライブの間、会話内容もだが、モデルさんの姿勢&しぐさに注目していた。
最初は気をつけて坐っていても、30分ほどのトークライブの間に、どうしても脚の開きなどに「男」が出てくるはず。

ところが、1人だけ、ほとんど「女のコ」ポーズが崩れなかったモデルがいた。
これには、谷本さんも私も大いに感心。
これが、審査の決めてになったと言ってもいい。

控え室に戻って「審査員特別賞」の審査。

4人の審査員が順位を付けて2名を選ぶ。
私が集計役をしたのだが、全員ほぼ同意見で、まったく揉めることもなく、ほとんど即決。

審査員が会場に戻り、いよいよ「第1回 東京化粧男子宣言!」の「グランプリ」の発表。

審査員(各10票)と入場者(各1票)の投票合計で選ばれる「グランプリ」は、
エントリーNo.7 るるさん(モデル)&ひなどりさん(スタイリスト)のペアに決定。
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いがらしさんから賞状、谷本さんからトロフィーが授与される。
モデルさんもスタイリストさんもほんとうにうれしそうだ。
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会場投票でもダントツだったようだが、審査員の評価でも、1位とする者3人、2位とする者1人、でほとんど満票に近かった。

モデルショーの段階ですでに高評価だったのに加えて、トーク・ライブの間、女のコポーズが崩れなかった「成り切り度」が高く評価された。
さらに、ビフォアー(化粧前)の男の子写真とのギャップの大きさ(変身度の高さ)も、このコンテストの「グランプリ」にふさわしいと思う。

続いて、審査員特別賞の発表。

審査員特別賞は、
エントリーNo.2 みなみさん(モデル)&ペキ子(スタイリスト)のペア。

審査員特別賞の審査では、1位1人、2位3人で、るるさんには及ばなかったものの、文句なしの次点評価。
ももさんが会場投票で「グランプリ」になったので、すんなり繰り上がって「審査員特別賞」に決定。

私が賞状を読み、月野姫さんがトロフィーを授与。
「東京の街に、こんな女装男子がいたらいいなぁ」という審査基準に、そのままのコンセプトとバランスの良さを高く評価された。

審査員としては、企画(コンセプト)を重点に評価するような賞を出せたら良かったと思う。

私個人としては、花魁に挑戦したエントリーNo.3 モルガンさん(モデル)&麻也(スタイリスト)のペアに「企画努力賞」をあげたかった。

21時、閉会。

閉会後、ホールで、モデル&スタイリストと観衆が交流。
こういう場の設定もGood。
私も、持って行った『女装と日本人』5冊が、全部売れてうれしい。

審査員控室で、審査員同士で記念撮影。
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↑ 谷本龍哉さんと。
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↑ 月野姫さんと。
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↑ いがらしゆみこさんと。
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↑ いがらしゆみこ先生に色紙を描いていただく(わ~ぃ!)

22時、二次会会場に移動して、懇親会。
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↑ 「グランプリ」受賞のるるさん(左から2人目)を囲んで。

主催の井上魅夜さんから「有料入場者は113名、関係者を入れると133名」という報告。
「大入り袋」をいただく。

審査員という立場を超えて、見ていてほんとうに楽しいイベントだった。
そして、性別越境は「明るく、楽しく、社会性をもって」という私の長年の主張を、若い人たちがリニューアルしながら、現実化してくれたことが、とてもうれしかった。

入場者も当座の目標だった100名を超え、大手メディア(TBSテレビ)の取材も入り、第1回としては、大成功だったと思う。
これをスタート台に、「化粧男子」のコンテスト・イベントとしてさらに発展していって欲しい。
「化粧道」の先輩として、今後の展開に大いに期待したい。

主催の井上魅夜さん、スタッフの皆さん、参加者の皆さん、ありがとうございました。
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23時20分、二次会から辞去。

帰路は、東京メトロ千代田線-(表参道)→半蔵門線-(渋谷)→東急東横線。
0時半、仕事部屋に戻る。

着物の世話をして、髪をほどいて、お風呂に入る。
就寝、2時(仕事部屋)


2009年11月26日 第1回 東京化粧男子宣言!(その1) [現代の性(性別越境・性別移行)]

2009年11月26日 第1回 東京化粧男子宣言!(その1)

11月26日(木)
多摩大学の講義を終え、大急ぎで帰り仕度をして、16時30分、大学を出る。
バス→小田急→東京メトロ千代田線を乗り継ぎ、東京を西から北東に大横断。

17時50分、町屋駅(荒川区)に到着。
18時過ぎ、審査員控室の楽屋に入る。
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間に合った~ぁ。

審査員の方々、いがらし ゆみこさん(漫画家)、谷本龍哉さん(ミス・ユニバース・ジャパン企画運営、元衆議院議員)、月野 姫さん(ニューハーフ・セクシータレント)にご挨拶。

化粧を直して、主催の井上魅夜さんから説明を受ける。
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↑ 審査員控室で。
左2人目から、いがらし ゆみこさん、月野 姫さん、谷本龍哉さん、井上魅夜さん。
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19時、「第1回東京化粧男子宣言!」開幕。
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↑ 左から、井上魅夜さん(主催)、月野姫さん(審査員)、にしだ奈波さん(司会)。
もちろん?全員、男のコです。

いよいよモデル・ショーの開幕。
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↑ エントリーNo.1「ゴスロリ系」(モデル:じゅん、スタイリスト:三条伊織)
(コメント)こういうアピールしなければならないショーの場合、黒は難しい、と言うか、はっきり言って損。
それともともと細い男のコが3kgもダイエットしたため、顔の線がよけいに鋭角になってしまったのも逆効果。

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↑ エントリーNo.2「カジュアル系」(モデル:みなみ、スタイリスト:ペキ子)
(コメント)カジュアルだけどハイセンスなファッシュンでバランスが良い。
メガネを取ったら、とてもかわいかった。
「化粧男子」というネーミングにいちばん即していたように思う。
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↑ エントリーNo.3「花魁道中」(モデル:モルガン、スタイリスト:麻也)
(コメント)専門的にはともかく、難しいテーマにチャレンジして、それなりにまとめたスタイリストさんの努力は、すばらしい。
長身・面長なモデルの個性にも合っていたと思う。
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↑ エントリーNo.4「ギムナジウム探偵」(モデル:maki、スタイリスト:蒼来)
(コメント)女装でボーイッシュな少女を表現する難しいテーマにチャレンジして、形にしたのはそれなりに評価できる。
しかし、モデルの個性(小柄)からして、もっと女性的なスタイルに挑戦したら、華が開いたように思う。
「もったいない」というのが率直な実感。
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↑ エントリーNo.5「セクシー美女」(モデル:Tomco、スタイリスト:グラニータ)
(コメント)ダンス・パフォーマンスを取り入れた構成・演出は出色。
ただ、セクシー系は、簡単なようで表現としての難度は高く、けっこう年期がいる。
モデルがまだそれをこなし切れていないのが惜しかった。
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↑ エントリーNo.6「男装の麗人」(モデル:milk-roll、スタイリスト:めい)
(コメント)女装で男装の麗人を表現するのは、いわば「2回捻り」で高難度。
チャレンジ精神は評価するが、難度的に無理があった。
結果、No7の「女のコらしさ」の引き立て役になってしまった。
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↑ エントリーNo.7「小悪魔なお嬢さん」(モデル:るる、スタイリスト:ひなどり)
(コメント)登場したとき、審査員の間に「ほ~っ」という声が漏れた。
張りのあるミニスカートで、男のコの腰の寂しさをカバーするなど、スタイリングも適切。
スカートストッキングを同系のイメージでまとめたファッション感覚も鋭い。
しゃぼん玉を吹くパフォーマンスも可愛らしかった。
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↑ エントリーNo.8「ビジュアル系花嫁」(モデル:暮浩平、スタイリスト:凛)
(コメント)ウェディングドレスは、豪華だけど意外と変化がつけにくい。
その点、ファッション的に、もう一工夫(捻り)が欲しかった。
結果、コンセプトの表現がやや曖昧になり、観衆に十分に伝わってこなかった。
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さて、皆さんが「グランプリ」を選ぶとしたら、どの「化粧男子」に投票しますか?

2009年09月11日 女子選手のインターセックス問題 [現代の性(性別越境・性別移行)]

2009年09月11日 女子選手のインターセックス問題

9月11日(金)
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「セメンヤは両性具有」豪紙報道 男女の生殖器持つ

陸上の世界選手権ベルリン大会女子800メートルで優勝し、男性ではないかという疑惑が浮上したキャスター・セメンヤ(18)=南アフリカ=について、医学的検査の結果、男性と女性の生殖器を持つ両性具有であることが分かったと、11日付のオーストラリア紙シドニー・モーニング・ヘラルド(電子版)が報じた。

同紙によると、セメンヤには卵巣がなく、男性ホルモンのテストステロンを大量に分泌する精巣が体内にあることが医学的報告で示されたという。同選手は先月のベルリン大会の後、血液や染色体のほか婦人科の検査を受けていた。国際陸上競技連盟(IAAF)はこれらの報道を受けて「IAAFの公式見解ではない」との声明を出し、最終判断は11月20、21日の理事会以降となる見通しを示した。

IAAFのデービス広報部長はAP通信の取材に対し、「もし男性ホルモンのおかげで有利であることが証明されれば、欺いたのではなく、生まれつきなのだから、メダルを剥奪(はくだつ)することは極めて難しいだろう」と語った。豪紙もメダルを剥奪されることはないものの、2位のジャネット・ジェプコスゲイ(ケニア)に別の金メダルが与えられる可能性があると報じている。

『朝日新聞』2009年9月11日 19時55分
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報道が事実とすればだけど・・・、「ああ、やっぱりなぁ」というのが正直な感想。
ただ、「両性具有」という表記(翻訳)はちょっといただけない。

「卵巣がなく」「精巣が体内にある」のなら、性腺の性はまったく男性で、「両性具有」(真性半陰陽)ではない。
なんらかの理由で、外性器の形態が女性的だったため、女子と誤認されたケース(男性仮性半陰陽)なのではないだろうか?

せめて、インター・セックス(半陰陽)と表記してほしかった。

とはいえ、今回のセメンヤ選手のようなケース、それほど驚くべきことでもない。
女子スポーツ界で、インターセックスが問題になることは、過去にもしばしばあったから。

古くは、1935~36年の「コウベック選手事件」。
女子陸上800m(←今回と同じ競技)世界記録保持者であるゼニカ・コウコバ嬢(チェコ)が男性仮性半陰陽であることが判明し、男性への転換手術を受けて、ゼネック・コウベック氏になった事件。
男性への転向過程が、センセーショナルかつ詳細に報道され、国際的なニュースとして世界を駆け巡った。
ちなみに、この時の新聞記事が、人間に対して「性転向(性転換)」という言葉を用いた日本で最初の事例となる(それまでの「性転換:は魚や鶏の話)。

日本では、戦後の1950年代に、集中的に顕在化した。
1953年12月、女子やり投げで日本選手権を2連覇していたT・T選手が、マニラ・アジア大会出場のためのセックス・チェックで男性仮性半陰陽(本来の性別は男性であるが性器の外観が女性的で女性と誤認されたケース)であることが判り、1955年1月に男性への転換手術を受けた。

続いて、1954年3月には、前年に女子陸上200mと走り幅跳びで国内第1位記録を、走り高跳びで高校新記録を出し、将来を嘱望されていたN・T選手が、心臓疾患を理由に突然競技を引退している。

T・T選手とN・T選手が残した記録は、1956年2月に「転性」を理由に抹消されている。

男性への移行が比較的うまくいった両選手の場合と違って、いろいろ問題が生じたのは、1957年9月に男性仮性半陰陽が判明した女子砲丸投げの第一人者だったM・T選手の場合。

女子選手時代から男性としてのジェンダー・アイデンティティ(性自認)が強かったT・T選手と違って、M・T選手は女性アイデンティティを持っていたため、男性への転向が受け入れられなかった。

さらに、T・T選手の場合、女子社員として勤務していた八幡製鉄(現在の新日本製鉄の前審)が男性社員としての雇用継続を認め、再出発を祝福するムードがあったのに対し、M・T選手の場合は、勤務先の大日本紡績(現在のユニチカの前身)が転性を理由に雇用契約の無効を主張し退社を迫まり、社会問題になった。

再び海外に目を転じると、1966年の世界スキー選手権の女子滑降と、1967年の女子大回転で優勝したエリカ・シュネッガー選手(オーストリア)が、セックス・チェックで不合格になり、1968年に男性への転向選手を受けた。
その後、エリック・シュネッガーとして、女性と結婚し父親になっている。

1970年以降、セックス・チェックが厳格化され、不合格者は事前に隠密裏に処置(競技からの強制的引退。理由づけは心臓疾患がほとんど)されるようになると、女子選手のインターセックス問題が顕在化することは少なくなった。

ところが、1990年代から、女子選手たちの人権意識が向上するにともない、国際大会でのセックス・チェックが簡略化・廃止の方向になった。
その結果、再び(特に発展途上国の女子選手の中から)問題になるケースが顕在化するようになる。

最近の例では、2006年12月のドーハ・アジア大会、陸上女子800m(←またまた同じ競技)で、銀メダルを獲得したサンティ・ソウンダラジャン(インド)が試合後の性別検査の結果、「女性としての性的特徴を持っていない」と結論づけられ、メダルを剥奪されている。

インターセックスは、まったく先天性のもので、意図的な不正行為(性別詐称や薬物投与)とは異なり、本人にはなんの責任はない。

しかし、睾丸を体内持ち、骨量の増大・筋肉量の増強に寄与する男性ホルモンが大量に分泌されている身体状態は、競技能力という点では、明らかに有利である。

女子という枠組みでの競技である以上、やはり他の女子選手との公平、競技の公正さの維持という観点から、女子競技からの除外は、やむを得ないと思う。

それまでの女子スポーツ選手としての競技人生で積み上げた努力とキャリア(名声)が水泡に帰すという点では、おおいに同情に値する。
しかし、インターセックスだったからと行って、その人の人間としての尊厳には何ら変わりはない。

セメンヤ選手も、これからの人生、女性として生きるにしろ、男性として生きるにしろ、胸を張って生きて欲しいと切に思う。

【参考文献】
三橋順子「性転換の社会史(1)-日本における「性転換」概念の形成とその実態、1950~60年代を中心に-」
三橋順子「性転換の社会史(2) -「性転換」のアンダーグラウンド化と報道、1970~90年代前半を中心に-」
(いずれも、『戦後日本女装・同性愛研究』 中央大学出版部 2006年3月)

2009年08月03日  「GID(性同一性障害)シンポジウム2009」第1回 [現代の性(性別越境・性別移行)]

2009年08月03日  「GID(性同一性障害)シンポジウム2009」第1回

8月3日(月) 曇り  東京 30.0度 湿度 66%(15時)

10時、起床。
シャワーを浴びて、髪にあんこを入れて、頭頂部で結び、シュシュを巻く。
朝ご飯は、ソーセージパンとコーヒー。

化粧と身支度。
焦茶色に白のひび割れ模様のキャミソール・ワンピース、黒のシースルー・カーディガン(3分袖)、黒のサンダル、黒のトートバッグ

12時過ぎ、家を出る。
東急東横線-(中目黒乗換)→東京メトロ日比谷線-(霞が関乗換)→同丸の内線というルートで、東京駅(丸の内口)へ。
改札からすぐの「丸ビル」へ。

今日はこの後が時間がなさそうなので、昼食を取る。
地下の「永楽」というラーメン屋さんに入る。
角煮ラーメン(950円)を注文。
スープは、とんこつ系と魚介系のダブル(混合)スープ。
麺は、ストレートのやや太麺。
トッピングは、豚の角煮、(生)ほうれん草、しなちく、煮玉子(半分)。
やや薄味(塩気が足りない)。
麺も、スープの絡みが良くない。
角煮はやわらかく煮えていておいしかったが、生ほうれん草は合わない。
やはり、ここはキャベツでしょう。
お値段がやや高目なのは場所柄仕方がないにしても、バランスの悪さからして、評価は5段階のD(たぶん、二度目はないでしょう)。

13時半、8階のコンファレンススクエアへ。
14時過ぎ、「この夏、GID(性同一性障害)&トランスジェンダーについて考える GID(性同一性障害)シンポジウム2009」第1回「大切な人が悩んでいる。そのときあなたは・・・?」開会。
会場は、メディア関係者20席、一般60席で、どちらも少し空席があり、9割方の入り。
一般席の半分くらいは、GID当事者か?

このシンポジウム、開催日の6日前の7月29日に突然、広報された。
しかも、事実上、主催の「株式会社インテグレート」という会社の開催意図が良くわからない。
「統合マーケティング・コミュニケーション(IMC)の領域で専門ソリューションを提供しているプランニング・ブティック」だそうだが(片仮名ばかりで、よくわからん、一私企業が、GID問題に関わって、いったいどういうメリットがあるのだろう?

しかも、シンポジウムと言ってもわずか1時間のプログラム。
そんな短時間で、何をしようというのだろう?
いろいろ疑問が多いので、ともかく様子を見る意味で出席。

壇上には、左から政井マヤさん(司会:アナウンサー)、
椿姫彩菜さん(コメンテーター・モデル)、
大島俊之氏(GID学会理事長/九州国際大学教授/弁護士)、
針間克己氏(GID学会理事/はりまメンタルクリニック院長)、
野宮亜紀さん(「Trans-Net Japan:TSとTGを支える人々の会」運営メンバー/和光大学非常勤講師)
という順で並ぶ。

生椿姫を見るのは初めて。
身体もきゃしゃだし、顔も小さい、声もまったく女性で、うらやましい限り。
カメラマンのフラッシュは、98%くらい椿姫さんに集中。

私的には、大島先生の気合の入ったファッションと、針間先生のご近所からチャリ(自転車)で来ました的なラフなスタイルが好対照。

また、種類(染色体の性、身体の性、戸籍の性)が微妙に違うきれいなお姐さん3人(政井さん、椿姫さん、野宮さん)を並べて見られたのも眼福。
社会的の中で機能している性別というのは、早い話、壇上の5人の性別をどう分けるか?ということ。

誰が見たって、(政井さん、椿姫さん、野宮さん)と(大島先生、針間先生)という2グループに分けるだろう。
そうじゃない人は、目が悪い(視覚認識が変)だと思う。
つまり、「それでいいのだ」(バカボンのパパ)。

内容的には、まず「性同一性障害に関する意識調査」(1000人アンケート)。
・「性同一性障害という言葉を知っていますか? 99.5%」
・「性同一性障害という言葉の意味を知っていますか? 95%」

まあ、これだけメディアが流布していれば、世捨て人でもない限り、聞いたことはあるだろう。
でも、問題は、正しく認識ているかということ?
残念ながら、95%という数字は、正しい理解を示していないと思う。

・「性同一性障害者を受け入れる社会になっていると思いますか?」
なっている      0.7%
ある程度なっている  35.6%
あまりなっていない  56.0%
なっていない     7.7%

司会の政井さんが「6割以上の人が、社会的受け入れが不十分と思っているということは、もっと社会的受け入れを進めるべきだということで、今後に期待が・・・・」みたいなコメントしていたが、それは甘いと思う。

「そんな奴らは社会的に受け入れるべきではない(現状のままでよい)」と思っている人(多くは男性)は、けっこう多いと思う。

新味があったのは、針間先生が示したご自分のクリニックの「国内のSRS(性別適合手術)割合」のデータ。。
2005年:国内8名/全体33名(国内割合24%)
2006年:国内16名/全体43名(国内割合37%)
2007年:国内12名/全体43名(国内割合27%)
2008年:国内21名/全体106名(国内割合19%)
2009年:国内8名/全体43名(国内割合19%)
合 計:国内65名/全体268名(国内割合24.3%)

2008年以降、国内のSRS割合が急落したことがはっきりわかる。
2007年3月に埼玉医大がSRSを中止し、5月に大阪の「わだクリニック」の和田耕冶院長が亡くなって、国内のSRSの2本柱が崩壊した影響がはっきり見てとれる。
あれだけ、性同一性障害を煽っておいて、面倒なSRSは外国任せという現状、日本の医学界は恥ずかしいと思わないのだろうか?

14時15分、閉会。

針間先生のデータ以外、内容的になにか意味があったのかというと、はなはだ疑問。
最後まで、会の性格がよくわからなかった。
まあ、開催したことに意味があったということだろうか?

2009年06月17日 新宿歌舞伎町夜話 [現代の性(性別越境・性別移行)]

2009年06月17日 新宿歌舞伎町夜話

6月のある夜、歌舞伎町のレトロなスナックで、某お姉さま(「姉」の字に留意)との会話。

某姉「(嬉しそうに)ねえねえ、順子さん、あたし、来週の土曜日、合コンなんですよぉ」
順子「(あまり興味さそうに)ほう、それは、それは、けっこうなことで」
某姉「ある伝手で、ニューハーフでもOKという30代の男性4人に来てもらえるんですぅ」
順子「へ~ぇ、で、こちらは?」
某姉「このお店のみきちゃんでしょう、ウチのさやかちゃんでしょ、それと、ほらお花見に来ていた美紀ちゃん」
順子「なるほど、きれいどころを揃えましたね。これなら男性陣も文句なしでしょう。ん?人数が合ってないような・・・」
某姉「合ってますよ。4対4のフィーリング・カップルですよぉ」
順子「もしもし、お姉さま、もしかして、ご自分を人数に入れてませんか?」
某姉「え?もちろん入れてますよ。こんなチャンス逃す手、ないじゃないですかぁ」
順子「あっ、わかりました。男性陣にもちゃんとお姉さまと釣り合う50、60代の方を入れてある・・。」
某姉「いやだ、そんなオヤジなんか・・・。30代のピチピチのイケメンばかりですよぉ」
順子「あの~ぉ、たいへん申し上げにくいんですけど、それって娘や息子の集団お見合いの席にお母さま1人が混じっているようなもので・・・」
某姉「(聞こえないふり)すいません、ウーロン茶、お願いしま~すぅ」
順子「やはりセッティングされたお母さまは、向かい合わせじゃない議長席に座って、双方をお引き合わせしたら、『後は、お若い方たちで・・・(オホホホホ)』なんて言いながら座を外すのが普通かと・・・・」
某姉「(まったく聞こえてないふり)何着て行きましょう、土曜日が楽しみだわ~ぁ。30代イケメン・・・うふふふ(涎)」

いやもう、なんと言うか・・・・。
私が「お姐さま」じゃなくて「お姉さま」と表記していることからわかるように、この方、「アラフィフ」というより「アラカン」に近い方です。
それでなお、恋愛戦線の前線に立ち続けるこのバイタリティ、エネルギー、執念、執着・・・まさに脱帽です。

たぶん「あたしの辞書に『枯れる』という文字はありません」とおっしゃる方なのでしょう。
このお姉さまの爪の垢を煎じて、最近流行りの「草食男子」に飲ませたいぐらいです。

ところで、「性」の重要な要素に「性的指向」(Sexual Orientation)という概念があります。
男が好きか、女が好きか、というような、性愛の対象、方向性(ベクトル)です。
簡単に言えば、男性で女性が好き、あるいは女性で男性が好きならヘテロセクシュアル(Hetero-Sexual)、男性で男性が好き、あるいは女性で女性が好きならホモセクシュアル(Homo-Sexual)です。
この場合、男性のホモセクシュアルをゲイ(Gay)、女性のホモセクシュアルをレズビアン(Lesbian)と呼んでいます。

私がいつも疑問に思うのは、そうした性愛の方向性は重視されても、性愛への執着の強さ(パワー)みたいなものはほとんど問題にされないことです。
どの性別の人間に対しても恋愛感情や性的欲求を抱かない人をさすエイセクシャル(A-sexual)という概念はありますが、エイセクシャルほどではない、性愛への執着の強弱というものは、あまり論じられていないように思います。

スケール化しにくいため、学問的論議になりにくいからかもしれません。
あるいは、同じ人でも、年齢とか環境によって変化するので、本質的なものと考えられていないのかもしれません。
でも、現実の社会の中で、人の「性」を語るときには、この強弱がけっこう効いているように私は思うのです。

私の場合は・・・。
「枯れる」というのとはちょっと違って、性愛に関しては「見るべきほどのものは見つ」(『平家物語』平知盛の最後の言葉)という心境です。
現実の性愛に対する、ある種の「諦観」でしょうか。
でも、この年齢で(45歳くらいから、そういう心境になった)、そういう「諦観」に至るということは、そもそも性愛への執着が弱いのだろうと思います。

今はもう、縁側で日向ぼっこしながら、伏せ籠で魅力的な野猫をとらまえるくらいが・・・。
「ビュッ」(←すばしこい野猫が餌のほっけの開きだけを取って、逃げていく音)


2008年10月18日  石川武志写真展「HIJRAS」を見に行く [現代の性(性別越境・性別移行)]

2008年10月18日  石川武志写真展「HIJRAS」を見に行く

10月18日(土) 晴れ 東京 21.2度 湿度 38%(15時)

11時、起床。
朝食は、アップルデニッシュとコーヒー。
髪染め(部分)。
シャワーを浴びて髪を洗う。
よくブローして、あんこを入れたポニーテールにまとめる。
「日記(17日分)」を書く。

14時、化粧と身支度。
黒地に茶色と白の花柄の長めのチュニック(7分袖)、黒のスパッツ(5分)、黒網膝下ストッキング、黒のサンダル、黒のトートバッグ

15時、家を出る。
東急目黒線で目黒に出て、JR山手線で有楽町駅へ。
南口の「有楽町電気ビル」北棟20階の「日本外国特派員協会」で開催中の石川武志写真展「HIJRAS The Third Gender of India」を見に行く。

会場がわからなくて、受付のお姉さんに尋ねると、バーラウンジの中とのこと。
ラウンジに入っていくと、カウンター席に石川武志さんがいらしたのでご挨拶。

名著『ヒジュラ インド第三の性』(青弓社 1995年10月)の著者である写真家石川武志さんと私とは、1997年12月に行われた石井達朗先生(慶應義塾大学教授)を中心とする座談会「ヒジュラに学べ!-トランス社会の倫理と論理-」でご一緒して以来のお付きあい。
でも、お会いするのは、ずいぶん久しぶり。

(注)この座談会は『ユリイカ』1998年2月号(青土社)に掲載され、後に、石井達朗著『異装のセクシュアリティ(新版)』 2003年3月 新宿書房 に収録。

広いラウンジの壁面に20点ほどのヒジュラの写真が展示されている。
石川さんに説明していただきながら、1点ずつ見てまわる。
どれも、ヒジュラの伝統的な習俗とその現状を伝える迫力に満ちたものばかり。

ヒジュラは、元々、シヴァの神に仕える両性具有者を名乗る人々で、ヒンドゥー教を信仰するインドの人々の誕生・結婚・出産などの儀礼に深くかかわってきた宗教・芸能集団。

そのあり様は、かって世界各地に広範に存在し、特有の社会的役割をになってきたサード・ジェンダーの姿を現在に伝えるものとして、文化人類学、性社会史的に注目されている。

石川さんは、1982年からヒジュラの取材を続け、その回数はなんと60回に及ぶ。
排他的なヒジュラ集団の奥深くまで入りこんで撮影するのは、ヒジュラの人々の信頼を得ないとできる仕事ではない。
そうして撮影された写真の数々は、失われゆくヒジュラ文化の記録としても、学術資料としても、たいへん価値がある。

中でも印象的だったのは、カルカッタの街で撮影された1枚。
祭礼の日、1人のヒジュラの足元に数人の女性が五体投地している。
女性たちはヒジュラの足で衣を踏まれることによって、豊饒(子孫繁栄)を授かろうとしている。

日ごろ、賤視されているヒジュラが、祭礼の日に限ってシヴァの神の化身として、人々の崇拝の対象になることを、1枚の写真がしっかり捉えている。

10年前に石川さんの写真を見せていただき、座談会でいろいろ意見を交換した。
そのときに得た示唆は、私が『女装と日本人』(講談社現代新書)で日本の女装史をまとめる際に柱にした「双性原理」という形で結実する。
それが、間違いでないことを改めて感じた。

まだ2週間ほど会期がありますので、インド好きの方、ジェンダー/セクシュアリティに興味がお有りの方は、ぜひ、ご覧になってください。

石川さんの奥様にもご挨拶。
コーヒーを飲みながら、いろいろお話。

ヒジュラを、Indian Transgender と翻訳することの問題。
ヒジュラの人々は、自分たちは、男でも女でもないヒジュラであり、生まれついての両性具有者であると主張する。
しかし、現実には、両性具有者がそんなに存在するはずはなく、ヒジュラのほとんどはMtFのトランスジェンダー(男性から女性へのトランスジェンダー)と考えられる。
しかし、ヒジュラのアイデンティティは両性具有者であり、トランスジェンダーではない。
またヒジュラの文化の根源も両性具有者(双性)であることにある。
それを無視して、外的観察からトランスジェンダーであると解説することが、はたして適切だろうか?と石川さんは言う。

私も基本的に同じ意見だ。
世界各地のサードジェンダーは、西欧的な概念に翻訳・解釈されることによって、固有の形態を失っていった。

例えば、北アメリカ先住民の「ベルターシュ」や、南太平洋タヒチ諸島の「マフ」が、欧米人によってホモセクシュアルと解釈されたことによって、固有のアイデンティティと文化が失われ、ゲイ化してしまったように。
ヒジュラもまた、カルカッタやムンバイ(ボンベイ)など、近代化・西欧化が進んだ大都市では、固有の社会的役割(宗教・芸能的職掌)を失い、単なる女装のセックスワーカーとして、社会的に賤視されている。
それらを考えると、ヒジュラを、Indian Transgender と翻訳することいは躊躇せざるを得ない。

とは言え、学術的に分析する際には、ヒジュラの自己主張だけを記すわけにはいかない。
やはり、ヒジュラについて記述する際には、何がヒジュラのアイデンティティで、何が観察に基づく学術的な解釈なのかを、はっきり分別すべきだろう。

あの座談会から流れた10年の時を忘れるような、とても有益な時間だった。

18時、辞去。
081018-1.JPG
↑ 石川武志さんと
081018-2.JPG
↑ 私が好きな1枚
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↑ 踊るヒジュラの手のポーズがちょっと異なる同じ場所・同じ時の写真を『女装と日本人』(329頁)で使わせていただいた。
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↑ ヒジュラの写真と日本のヒジュラ


2008年08月17日  週刊プレイボーイの取材 [現代の性(性別越境・性別移行)]

2008年08月17日  週刊プレイボーイの取材
8月17日(日) 曇りのち雨 東京 25.5度 湿度 89%(15時)

21時、『週刊プレイボーイ』の記者さんから取材の電話。
最近の若者の女装ブームを記事にするそうで(25日発売)、その理由・背景などについて、専門の立場から意見を求められる。

述べたことは、以下の通り。

女装するハードルが、以前に比べてすごく低くなっていること(お気楽女装)。
セクシュアリティ的には「対男性」ではなく「対女性」であること(女装して女性と遊ぶ)。
したがって、従来の女装コミュニティとは別の場で、女装する人が多い。
それに伴い、女性がボーイフレンドの女装行為に協力的・積極的であること(ボーイズ・ラブの影響?)。
平均的に、レベル(きれい度)が高くなっていること(顔・体形の中性化)。

それらをまとめて言えば、「女装のサブ・カルチャー化」ということ。

若者だけでなく、女装コミュニティにおける中年層の女装趣味も回復基調にあるように思う。
女装業界は、1990年代末~2000年代前半の性同一性障害の「大流行」で、人材がドッと流出して、将来が危ぶまれたが、勢いを取り戻しつつあるようだ。

逆に言えば、性同一性障害の「流行」は、今後、下火になるかもしれない。


2008年06月12日 再び「ラスト・フレンズ」考 [現代の性(性別越境・性別移行)]

2008年06月12日 再び「ラスト・フレンズ」考

6月12日(木) 雨のち曇り 東京 21.8度 湿度 78%(15時)

12時、起床。
久しぶりによく眠って、溜まっていた疲れがとれた感じ。
朝食は、ソーセージパンとコーヒー。

シャワーを浴びて、髪をアップにまとめる。
仲良し姐さんのブログを見て、ちょっと真似してみたけども、髪の長さも量も足りなかった(シクシク)。
まあ、あちらは、夜中に髪がシュルシュル伸びる人だから(笑)

今日は、自宅で静養のつもり。
「日記(11日分)」を書く。
新聞記事(切り抜き)をファイルに整理。
昼食は、ほやの酢醤油漬けと烏賊の塩辛で、ご飯を1膳。

その後、崩れそうになっている週刊誌の山を整理。
ああ、重いもの運ぶと、腰が痛い(老化)。
古いものから中身をチェックして、必要な記事を収集。
なかなか進まない。
やっと30冊ほど。

夕食の支度。
冷蔵庫の整理を兼ねて、ビーフストロガノフ(もどき)を作る。
2時間ほど煮込む。

20時、夕食。
ビーフストロガノフ、昨夜の残りの回鍋肉、それに白菜キムチ。
ぜんぜん統一感なし。

洗い物をした後、フジテレビのドラマ「ラスト・フレンズ」を見る。
DV男の似たような手口の罠に何度もはまる美知留(長澤まさみ)って、有り得ないほど学習能力に乏しいと思う。
前回も似たような感想を書いたが、このドラマでは、DVもストーキングも、そして暴行も、犯罪行為という認識が乏しい。
どれひとつ取っても、間違いなく警察沙汰なのに。

また、先週「いったいどう結末をつけるつもりだろう?」と書いたが、実にあっさりテレビドラマらしく、結末がついてしまった。
DV男宗佑(錦戸亮)の自殺という形で・・・・。
あまりのあっけなさに、口あんぐり。
あれだけの執念・執着をみせた男が、こんな簡単に命を断つものだろうか?
まあ、当たり前だけど、ストーリーの都合ということだろう。

それにしても、瑠可(上野樹里)は、最後まで、レズビアン(女性同性愛)と性同一性障害(FtM)だか、よくわからなかった。
父親へのカミングアウトが「男の子を好きになれない」では、どう考えたってレズビアンだろう。
性同一性障害だったら「(自分を)女の子だと思えない」になるはず。
それに対する父親の述懐が「子供の頃から、男の子に混じって元気に遊ぶ子だった」というのもちぐはぐ。
男の子が好きになれない子は、男の子に混じって元気に遊ぶ子なのだろうか?

性同一性障害は性自認の問題(自分が男か、女かということ)、レズビアンは性的指向(男が好きか、女が好きか)の問題。
性自認と性的指向は、基本的に独立の系で連動しない。

それを連動させて、「女が好きだから自分は男なのだ」という論理は間違い。
もし、そうなら、レズビアンは皆、男に転性しないといけなくなる。

このドラマは、どうもそこらへんがごっちゃになっている。

たぶん脚本家が、そこらへんの違いをわかっていないのだろう。

夜中、メールのお返事を書く。
明日の講義の準備。
「日記(12日分)」を書く。
就寝、4時。

(追記)
『ラスト・フレンズ』の脚本家・浅野妙子さんのインタビューを読んだ。
http://www.tokyowrestling.com/articles/2008/06/last_friends_1.html

私がこのドラマに感じていたもどかしさの理由がやっとわかった。
脚本家は、最初から、「FtMとレズビアンの間にグレーゾーン」があるとして、「瑠可をそのゾーンに入れている」のだそうだ。
また「私の中では瑠可はFtMとレズビアンの間なんです」と言い切っている。
つまり、瑠可がレズビアンなのかFtMのGIDなのかよくわからない、という私の見方は、脚本家の意図したものだったということ。
ではなぜ、レズビアンという言葉を使わずに、「性同一性障害」とか「性別違和症候群」という言葉を多用したのか?
それについては、
「今回は性同一性障害という設定が(プロデューサーの意向で)最初に決まっていた」こと、
「ドラマ『3年B 組金八先生』で、上戸彩が性同一性障害を演じてクローズアップされたので、その言葉のほうが日本では認知度が高い」ので、「どっちともはっきりは言えないけれど、まずは「性同一性障害」にしておこう、と考え」たこと。

また、脚本を事前に閲覧したFtMの方に「これってレズビアンじゃん(笑)。レズビアンだと何でいけないの?」というしごく最もな指摘をされたのに対して、
「でもなんかやっぱり一般の人によりアピールするときにはこの言葉が必要だと感じたので、言葉として「性同一性障害」という単語を残したいという意図で」実質、無視したとのこと。

つまり、番組制作上の「ご都合」で、現実の当事者の有り様や深い思慮に基づいたものではないということ。
こんな姿勢では、私のような一般視聴者(非当事者)が違和感をもつだけでなく、FtMGIDの当事者が強い違和感、さらには怒りを持つのは、当然だろう。
それに、ここまで存在を軽視・あいまい化されたレズビアンの人たちは、怒らないのだろうか?

まあ、しょせんはドラマ、と言えばそれまでなのだけど、高視聴率のドラマだからこそ、視聴者の認識に与える影響は大きく、それによって当事者がいろいろな形で社会から作用(誤解、偏見、差別)を受ける。
そこらへんのことを、この脚本家は、ほとんど認識していないようだ。
期待が大きかっただけに、落胆も大きいドラマだった。

2008年06月11日  「改正・性同一性障害者特例法」成立 [現代の性(性別越境・性別移行)]

2008年06月11日  「改正・性同一性障害者特例法」成立

6月11日(水) 曇り 東京 26.5度 湿度 59%(15時)

8時、起床。
朝食は、アップルパイとコーヒー。

シャワーを浴びて、髪をポニーテールにまとめる。
化粧して、身支度。
黒のVネックのプルオーバー(7分袖)、黒のパンツ、黒のパンプス、黒のトートバッグ

午前中、講義。

昼ご飯は、学芸大学駅に戻り、昨年末にオープンした西口の「豆金餃子」に行ってみる。
ここは以前、男姿でよくランチ食べにきた「紅虎餃子房」があった場所。
経営(出資)会社(際コーポレーション)が同じなので、内装も大きな変化はない。
鶏棒餃子定食(780円)を注文。
まずまずおいしい。
他にもいろいろ餃子の種類があるみたいなので、餃子が食べたくなったら、ここに来よう。

13時過ぎ、仕事場に戻る。
溜まった新聞を読んで、整理。

14時、派手目のファッションに着替えて、ハイヒール・サンダルの試し履を兼ねて、外出。
まず、郵便局へ。
振込みと、タイから届いた怪しい小包の受け取り。

目黒区立目黒本町図書館へ。
今朝の新聞をチェック。
昨10日の衆議院本会議で成立した「性同一性障害者特例法、改正」の記事を探す。
スポーツ新聞(スポーツニッポン、日刊スポーツ、サンケイスポーツ)には出ていない。
産経新聞にベタ記事があったのでコピー。

家で取っている新聞では、「お母さん、女性になれるね」「性同一性障害 子の成人後、変更可能に」という見出しで、子供がいる当事者の水野淳子さんの顔写真入りで報じている朝日新聞がいちばん扱いが大きい。

毎日新聞は、社会面で、写真なしの細長い5段記事。
読売新聞は、社会面ではなく政治面で囲み記事。
日経新聞は、記事が見つからなかった。

どうも、このニュース、関西方面の新聞の方が扱いが大きかったようだ。

ちなみに改正の骨子は、今まで「子供がいる」場合は、一切、性別変更が認められていなかった(「子なし要件」)のが、「20歳以上の子供がいる」場合のみ、変更が認められるようになった。

したがって、水野さんのように、まだ子供さんが成人に達していない場合は、何年か(彼女の場合は6年)待たなければならない。

今回の改正、当初は「子なし要件」全面削除の流れだった(民主党案、公明党も同意見)。
ところが、「子なし要件」全面削除は子供の福祉に反するという、南野千恵子元法務大臣など自民党議員の反対で、「子なし要件」の部分的緩和にとどまることになった。

たしかに、単純に「子なし要件」を全面削除した場合、専業主婦の妻とまだ学齢期の子供を放り出して、子供の学資貯金を使ってタイでSRS(性別適合手術)を受けてきて、離婚。
「女は低収入だしぃ、女の生活にはいろいろお金がかかるよぉ」と言って、慰謝料も養育費も払わないようなトンデモ父さん(←実話)までも、「救済」(性別変更許可)になってしまい、それもいかがなものかと思う。

しかし、その一方で、水野さんのように、二人のお子さんとちゃんと母子関係を再構築し、社会的にも女性としてしっかり適応している人が、なぜ長期間待たされなければならないのか?
じつに理不尽な話だと思う。

実質的に、母親をしている人の戸籍を、男性のままにしておくほうが、余程、子供の福祉に反すると思うのだが・・・。

性別移行の有り様や、家族との関係は、人さまざまなのは当然のこと。
それを、法律で一律に線引きしてしまうことが、そもそも間違いだと、私はずっと主張してきた。

しかも、法律では、望みの性別での社会適応状況はまったく顧慮されない。
つまり、女性としての生活・社会経験がまったくない男性でも、法律で決められた5つ要件(当人が20歳以上であること、結婚していないこと、20歳未満の子供がいないこと、生殖腺の機能を永続的に欠いていること、外性器の外形が望みの性別のものに近似していること)を満たしていれば、女性の戸籍に変更できるのが実態。

大枠だけを法律で決め、個別事例については、移行後の性別での社会適応の状況を最も重視して、ケースバイケースで家庭裁判所が審査するのが、いちばん望ましいと思うのだが。

バスで渋谷駅に出る。
車中、居眠り。

シブチカで、スパッツ(7・5・3分、各々1)と、黒網(ダブルネット)タイツを購入。

電車で、学芸大学駅に戻り、コーヒー・ブレイク。

17時、仕事場に戻る。
黒子衣装に着替える。

超久しぶりに履いたハイヒール・サンダル、さすがに足裏がちょっと痛いけど、まずまず実用になりそう。
それにしても、たった数センチで、景色が変わったような気がしたな。

18時半、自宅最寄駅前の「ドトール・コーヒー」でパートナーと待ち合わせ。
サンドイッチを半分子して食べた後、買い物をして、一緒に帰る。

19時半、帰宅。

夕食の支度。
今日は、野菜たっぷりに回鍋肉(ホイコーロー)を作る。
後は、作り置きのぜんまいとキムチ類。
私は、好物のホヤの酢醤油漬け。

お風呂に入って、髪を洗う。
夜中、「日記(9日分)」を書く。
就寝、4時。